
#3. しむ身哉
2009年〜2010年にかけて、松岡正剛さんからのそそのかしに乗じてWebサイト「ISIS本座」に連載した「千律譜BASHO」を引き継ぐ言葉と音楽をテーマにしたコラムを再連載します。
松尾芭蕉の残した日本語表現の粋を手掛かりに、そこからJumpして一曲の音楽作品を取り上げる旅の試み、再び。
(Weather beaten Wind pierces my body)To my heart
(野ざらしを 心に風邪の)しむ身哉
しみる,染みるという言葉は今もリアリティを持って生き残っている。ギャル言葉(これが既に死語!?)で「しみ〜るぅ」とかキンキンロングトーンで言われたら褒め言葉には聞こえないが、ともあれ心に届いた、という意味であることには間違いない。他の言語文化に似たような感覚が在るのかどうか、なかなかこの言葉の持つ、否応の無い不可避さや、スローモーションのようでいながら瞬時に心の奥底に到達するスピード感を探すのは難しいに違いない。
英語で近いのはTouchedとかMovedという辺りになるのだろうが、どちらも自分の心の側から外界の刺激に応えている感覚で、しみる、という、否応なく変化していく自分の内面を見つめる姿勢とは少なからず違うと感じてしまう。
野ざらしとなって行き倒れてしまうかもしれない、江戸期の旅の厳しさを芭蕉は熟知していたはず。冷たい秋風に抗して歩む、旅人の静かな意志もしみる、という言葉には込められているのだ。
さて、この句では秋の季語として作用している「身にしむ」だが、心に吹く風は灼熱の砂漠でも勢いは変わらない。
と言うのも、「心に風の染みる」音楽として僕が直ぐに思い起こしたのが,80年代の異色のヒット曲、映画「バグダッド・カフェ」の主題歌「Calling You」だったのだ。映像とのマッチングの希な程の成功例で、不思議な時空感覚の映像とともに強い印象をもたらすSoundとVocalが多くの人の心に染み入った。
歌っていたのはJevetta Steeleというアメリカ人R&B Singerで、後にPrinceと一緒に作品作りをしたりもしているらしい。
ただ、僕にとっては誰が歌っていたか、よりも、当時としても異端だった、ほとんどシンセサイザーの単音アルペジオのみ、のBackingと音価の長い「I am calling you」という歌のフレーズとの絶妙なバランスが心に残った。心に染みる風、がここでも重要な要素として登場するのだけれども、この風は歌詞の中ではA hot and dry windである。
でも、改めて聴いてみるとSoundの温度はあまり暑い、あるいは熱いとは感じられないし、初めて接した時にも独特の透明感が支配していて、映像に登場する砂漠の一軒家を冷却するというか、現実から一歩引き離す役を担っていた気がする。その効果をもたらしたのは前述のシンセ・アルペジオの音使いが上手に幽玄の風を吹かせていたから、楽理的に言えばMajor7th,11thの音程をフレーズに持ち込み、しかも和音の主音を響かせず、3度の音程から始まる楽想が印象的だったから⋯という事になる。
透明感という定義し難い要素は、創る側の希求度に答えてはじめて現れてくるものかもしれない。
芭蕉の希求度もまたマキシマムであったのだろう。
楽曲紹介:Calling You / Jevetta Steele / Bagdad Cafe (Soundtrack from the Motion Picture)

