
#11. Father Son
音楽とは "個" から発生するもので、色も匂いも無いもの。
けれども粒子であるからこそ、空気を変える事が出来るのでしょう。
ひとりの音楽家が周囲の空気を染めることは太古から続き、その形や「周囲」という単語の意味は大きく変わってきました。でもメディアの力で瞬時に世界中に「周囲」が発展拡散するって、本当かな?と思います。
Peter Gabrielに出会えたのは、当時一緒に沢山の仕事をしていたシンセの匠、浦田恵司さんからの熱烈な導きのおかげでした。PeterとKate Bushは憧れの師となり、少しでも近づき何かを学びたいという思いは、その以前に三善晃先生に対して感じていた気分と通底していた、そのことは後から徐々に自覚していきます。
そしてPeterの片腕、ギタリストのDavid Rhodesと出会えてから徐々に関係は具体化していったのでした。Davidと初めてセッションをしたのは杏里さんの録音現場、LondonにあったSwanyard Studio。いやはや杏里さんありがとう!です。
その後Peter運営のRealworld Studioで数々の録音をすることになるのですが、驚いたことに彼はいつもそこら辺をうろうろしているひと、なのでした。朝食の席でも、昼間には中庭でも、夜もキッチンで... 会話が生まれる訳で、彼の見識や知識の深さは読むのでも見るのでも無く、あの深みのある声が発する言葉で実感出来たのです。
まぁ、どれほど憧れたとしてもバッハやベートーヴェンやバルトークとはよもやま話をすることは不可能ですから、同時代という恩恵をどれほど大事にすべきか、ということですよね。
一曲創造するのにどれほどの時間を費やすのか、と思わせるアプローチと同時に、ある一瞬の勢いを捕まえる瞬発力。
そうしたやり方は近くで見ていると感動的でした。
スケジュールの都合で彼が自分用に使っているスタジオで仕事をしたことも何回もあります。部屋中に貼られたメモはTo Do Listだったり歌詞の断片だったり、僕にとっては大英博物館図書室同様の刺激空間でした。
スタジオ全体を仕切っていたMike Large氏は名前通りの巨漢で、シェークスピアの戯曲に出てくるニック・ボトムを思わせる存在ですが、Peterとの信頼関係は端で見ても羨ましいくらいの深さ。で、彼がPeterの曲について言ったひと言のジョークは忘れられません。
「もぉ、最近ブラームスみたいな曲ばっかり作っちゃってさ、売り難いったらないよ!」
それが亡き父への思いを込めたこの曲。
ブラームスを凌駕しかねない、現代生まれの真のクラシック名曲です。