
#21. Friends
Jazzのカテゴリーの中に沢山のアイドルがいる僕です。
ですが、Jazzの信奉者では無いですし、苦手なタイプの作品も少なくありません。
ソナタ形式の方がしっくり来るとは言えないですが、音楽に構築性を求める気持ちは捨てられず、順番にアドリブ、という形式には違和感が多かったのでした。
高3の頃、渋谷は百軒店に有ったBYGという小さなスポットで青山学院大学ジャズ研のメンバーと演奏したりしていましたが、曲の途中でコード進行に飽きてしまう、という経験を何度もしました。音楽的自由よりは繰り返しのパターン違いによる技術展示会、という感触の方が強かった訳です。まぁ、自分の演奏レベルの問題であってジャンルとしてのJazzを語れるような体験ではないですが⋯。
そんな時期にもMilesやWeather Reportの影響力は凄かったですし、何と言っても高校学園紛争のさなか、学校がロックアウトされて授業が無い、という漂流する高校1年生の僕にエネルギーをくれたのはChick Coreaでした。
68年リリースの「Now He Sings~」には衝撃を感じ、それまでは出来るだけ離れようとしていたピアノに自らすり寄っていった、いわば恩人です。ギターでは無くピアノだったのは何故なのか?簡単に言ってしまえば、そんな遅い時期から音楽を始めた初心者にもモダンな和音を弾くことが出来るからでしょう。指を高速で動かせなくても、耳がある程度鋭ければChick風の響きだったりHancock風、Keith風の和音は鍵盤で探せる、というのが冥界の入り口でした。
長年の盟友、今剛のようにギターでも和音の色彩を操れるひとも居ますが、それはそれ、天才のレベルの話、俗人には無理。
さて、そんな行きがかりからChickの作品はその後も教材となりました。振り幅の広いひとなので、僕にとってはヘビーローテーションの学び多き作品と、一度聞いたらもういいや、の大きな2種に大別されてしまうのですが、この「Friends」は好感度高い作品でした。延々アドリブSOLOという保守性が無くて、透明感あふれる楽しげな演奏はテクニカルでありながらメロディーを失わないのが素敵です。
で、最近になって実感したことが「Chick先生の曲はEndingを作り難い」ということです。
特にこの曲は不思議な重量感覚で「終わりが始まり」的に連なっていくのです。
予測し難い小節数で展開する楽想にサーフィンする感覚、何処かで覚醒していることを求められる演奏感覚の曲、これがあの流れるようなピアノソロの土台だったんだ⋯と。

