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#08. One Fine Day

今や珍しくもない "自宅プライベートスタジオ" 

 

ですが、本邦始祖と言えば大滝詠一さんです。

福生の大滝スタジオで録音に参加出来たのは僕にとって貴重な体験、財産。

そう言えば、愛すべき音宅からお出ましの鈴木慶一さんに初めて会ったのも、もしかして福生かも⋯。

他にも沢山の人や作品に直接出会い、そして大滝さんを介して教えられました。

 

そんな頃、シリア・ポールさんのアルバム「夢で逢えたら」の録音で知った曲がこの「One Fine Day」。

当時既にアルバム「Tapestry」は熟聴していたにも拘わらず、作家としてのキャロル・キングを把握していなかった僕は、「これ、良い曲ですね〜」的な事を口走り、大滝さんに「何言っとんの、君?」顔をされたものです。

 

1942生まれのキャロルによる1963年の曲ですから、20歳の頃!?

本人も凄いですが、フレッシュな才能を見いだした人たちの見識が驚きです。

 

「One Fine Day」の場合、メロディーの自然さとイントロなどイヤーキャッチ度最強のフレーズのマリアージュが素晴らしいのでしょう。メロディーが4分音符的な大きな流れなのに対してリズミックなフレーズは8分音符的な細かい単位、こうしたコントラストはバッハにも通じる構成力があります。

 

しかし大滝マジカル・レコーディング・ツアーでは偶然もしくはウィットの生む奇跡が度々起こり、予測外変化が作品を輝かせる事が多々ありました。録音って面白いな、と思えるようになったのは、時間に追われる商業スタジオワークとはかけ離れた福生での、濃密なのにユルい大滝流の極意だったに違いありません。

 

 

さて、後になって知るのですが、この曲にはジェリー・ゴフィンという共作者もクレジットされていました。

曲を共同で作るというのは自分の経験でも非常に難しい作業で、作詞と作曲をそれぞれ担当するのならば判るのですが、プッチーニのオペラの中に有るアリア「ある晴れた日に」のタイトルから発想したって言うけれど、誰が?もしかしてタイトルが最初に在ったの?と考えていくと、どんな作業からこの曲が生まれたのかはいささか謎となってきます。

 

しかも1963年シフォンズがリリースしたシングルはコーラスグループのThe Tokensがプロデュースしており、キャロル達のDemoをかなり過激に翻案したとも言われています。

 

だとすると、この曲の持つ絶妙なバランスはどの時点で生まれたものなのでしょう?

オリジナルDemoを聴いてみたいものです。

© 2025 Akira Inoue / Pablo Workshop.

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