
#10. Images
Nina Simoneという名前を知ったのは叔母達の会話の中、確か僕は高校生でした。
その時にレコードを聴いたのですが、理解力足らず印象が残っていません。
女性黒人シンガー、フランス人なのかなぁ、程度の遭遇でした。
その後も割と疎遠な存在で、聴き込む経験は無かったのです。ウーマンリブの先駆者的存在だったことの方が先にインプットされていました。音楽性を理解したのは、この何とも言えない深みをたたえたアカペラ曲「Images」に出会ってからです。
1964年、New YorkでのLive録音(僕が11歳...)だそうですが、There are no palm trees On the streetと歌う色彩の豊かさは尋常ではありません。深いところで人種差別やジェンダーによる束縛について歌っているのですが、まるで油彩画のようなテクスチュア。音質、音量、スピード感のコントロールの妙は実力の数パーセントしか使っていない?力の抜け方が生むものでしょう。
そして、ピアノ弾き語りの自由度とテクニックも同様で、左手だけでベースと和音の色彩を見事に表現出来るからこその輝きと奥行きがあります。こんな人がBarの片隅で弾き語っていたとは、アメリカの文化の奥深さの象徴でもあり、カーティス音楽院に人種差別のため入学出来なかった、という社会状況の傷跡でもあります。
それにしても、マイルス・ディビスが40年代にジュリアード音楽院に入学しているのは異例の事だったのか?
アメリカ音楽文化と音楽教育の関係性について僕たちはまさに無知そのものと言わざるを得ません。
さて、"Barの片隅でピアノ"で思い出したことがあります。
80年代前半、東伊豆にあった北欧の豪華ヨットをコンバートしたホテル・スカンジナビアに行ったことがあります。
夕食バイキングの時、ラウンジでピアノを弾いていた演奏家、既にそれなりの年配、ルックスは「Back to the future」の博士ドック、奏でる音楽はサティにキース・ジャレットを足して更にセロニアス・モンク風味をかけたような異界の雰囲気。
レストランのお客さんの中で拍手喝采をしたのは我が夫婦ふたりだけ、でした。歌こそ無かったものの、もしかしたらNina Simone級の才人だったかもしれないピアニスト。破天荒な演奏家でもそれなりに表現の場があった良き時代、とも思えますが、天賦の才を日本の音楽史は見落としたかもしれない!?そんな気がしてきました。
何という方だったのか?それくらいは知っておくべきでした。
ご存じの方、居ないですよね…。

