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#15. STAY

「続・千律譜#6」でLambert, Hendrix & Rossの「Moanin’」とJoni Mitchellの関係について書きました。

 

器楽曲に歌詞を付けて歌うのはJazzの表現として多用される手法でもあり、意味合いをシリアスに捉えてはいなかった僕ですが、最近お付き合いいただいた吉田美奈子さんとの対談中、Lambert, Hendrix & Rossの話題が出て、改めて気付かされたことがあります。

 

これまたJoni繋がりなのですが「Twisted」、アルバム「Court and spark」の最終曲がLH&Rの作品であることを美奈子さんに教えられるまで、不覚にも気付いていなかったのです。

 

歌詞もJoniっぽいと言うか、有りがちな手口と無縁な鋭いものなので、カヴァーとは思いもせず、声楽的技術、特にフレージングの巧みさにノックアウトされていたのでした。あたふたと調べてみれば作詞はメンバーのAnnie Rossによるもので、精神分析医が登場する辛口のイメージをタイトな譜割りに載せた優れもの、絶妙のアドリブに聞こえるフレーズはそもそもの原曲であるサックス奏者Wardell Grayの演奏をキャプチュアしているという、まさに少しねじれた作品だったのです。

 

ここまで精緻に作り込むと、原曲の持つメッセージとはかなり違う世界観を伝えることが出来るのだ、と痛感したのでした。

美奈子さんは同じく対談の中で "<Singer,Songwriterは自作曲を歌う>と規定されていることにも違和感を持つ" と仰有っていました。まさに僕が「Twisted」をJoniの自作曲と信じ込んでいたことがその証左、素材の自作度は表現のオリジナリティを保証する訳では無いということであり、その逆もまた真なり、な訳ですね。

 

そこで思い出したのが吉田美奈子さん歌唱の「STAY」という作品。

 

ある製薬会社のTVCMから生まれ、彼女のシングルとしてリリースされた曲ですが、作曲者はロベルト・シューマン、かなりの人がメロディーを知っているであろう「トロイメライ」が素材なのです。こうした手法はそれほど珍しいものではありません。

 

似たような道行きを歩んだ曲は多々あるでしょうが、例外的な名作のひとつだと僕は感じています。一倉宏さんが書いた、言葉数少なくとも深い日本語詞、その言葉達に質量を与える美奈子さんの歌が決定的要素。弦アンサンブル版は僕が、管アンサンブル版は村田陽一編曲、どちらもアイデンティティに満ちた音像ですが、伊豫部富治、伊藤俊郎、両名匠の録音の妙も今なお輝いています。

歴史を凝視する裏付けのある新しさ、だから今も瑞々しく響く。それは美奈子さんの歩みそのものですね。

© 2025 Akira Inoue / Pablo Workshop.

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