
#24. And if I only know
いつの頃からか、報道機関への受け答えの中で「〜とは思います。」と言う文末が多用される様になりました。
何故「〜と思います。」では無いのか?とても違和感を感じます。
例えば演劇演出家や音楽プロデューサーが「今のTake(演技)はとても良いとは思います。」と発言したら、肯定的言質にも主観的判断にも聞こえず、責任有る発言とは見なされないでしょう。ですから70~80年代の名ディレクター達にはそんな語法は無縁でした。
その中でも輝いていた<決めつけと繰り返しの天才>高久光雄さんが今春他界されてしまい、深い喪失感が残されました。
僕もラジや南佳孝作品など沢山の仕事をして来ましたが、初めて会った時、の空気も鮮明に覚えています。
旧知のギタリスト・松宮幹彦氏主導で録音した波多野純「And Now」(1979)というアルバム、当時には珍しい全曲英詩という作品でした。高久さんご逝去がきっかけで、手元になかったこの作品を入手して45年を経て聴き直しましたが、音楽的内容を完全に忘れていた僕には新鮮な体験そのものでした。
VIVIDな感性で作られた曲達、VocalのToneも技術も素敵で、高久さんがどのように波多野さんと出会ったのか、作品をどう評価していたのか、英詩リリースはある種の冒険だったと思いますが、どのように社内を丸め込んだ?!のか、聞き損なった話題が多くて残念です。
おそるおそる聴いたのですが、演奏もフレッシュ(みんな20代)で、音色の暖かさと深みに改めて当時の録音レベルの高さを感じます。エンジニアの寺田仁さんは当時既に見るからに長髪ロック系でしたが、今聴いても正統派でナチュラルな音作り、その後ごく普通のCM音楽録音も沢山一緒にしたものです。
「And if I only know」はアルバム冒頭の曲で記憶以上にMellowな質感でした。BeatlesやGilbert O'Sullivanの影響は明白ですけれども、高久さんがきっとメロディーセンスを気に入ったのだろうな、と思わせる魅力でした。何しろみんなが若輩時代なので、要素多過ぎ?感も否めませんし、個人的には自分が編曲した木管パートのピッチが数個所甘い!のに責任を感じつつ、でも楽しく聴き直しました。
ちょうど大瀧さんのセッションに顔を出し始めたこの頃、佐野さんや杉くんの活動も輝き始める頃です。日本語で表現を深めると同時に洋楽に学んだ音楽性を自分たちのものとしていく、そんな時代の先端に高久さんと波多野さんは波乗りしていたのでした。

