「この樹好きな樹」


散歩とか散策という言葉に何故「散」という文字が当てはめられているのだろうか?何となく不思議に感じて考えて見た。
「散」とは悟りの境地に入っていない、心が揺れ動くさまを示す仏教用語だそうだ。すると、心が落ち着く散歩というのは自己矛盾になってしまう?そんなはずはないですよね。英語ではTake a walk, ドイツ語ではSpaziergangだそうで、それぞれ民族性や価値観の違いも微妙に見えてきて面白い。英語は直接的に歩くさまを表しているように見えるけれども、waikには様々な様相や意味合いがあって実は幅も奥行きも有る。walkも散歩も同じような時間の過ごし方なのに目的を持ちたい、というベクトルと目的がないからこそ楽しいんでしょう、というベクトルが僅かにずれて見え隠れする。全く知らない道を初めて歩くのは楽しいことだが、よく知る道がいつも同じ顔付きではないことを見聞きするのも楽しい。僕には定点観測したくなる「好きな樹」がいくつかあって、この樹はその代表格なのである。

(Photo and Text By Akira Inoue)

≪From Akira Inoue≫
D.S.D TrioParachute独創會2015Arrange Island Show連歌 鳥の歌 2016

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「Criteria」と共にD.S.D trio Tourに出ます!

10年の年月を経ると自作でも改めて聴き直す感覚になれるものです。
自筆の書体が文章の内容に関わらず共通項となるように、何というか音楽にも音体とでも言うべきものが在るのだな、と実感しています。