「ポーランドの子守唄」


僕が初めて外国へ行ったのは、大学2年の時。入試の時に順番が一つ前だった同級の莱孝之くん、彼はコンピューターミュージックの作曲家としてオランダ、イギリス、そして日本で自らの作品作りと教育に大活躍を続けている希有な存在だが、彼と共に親からお金を借りてヨーロッパの現代音楽祭巡りを目論んだのだった。その旅たるや、現在の突撃取材番組に負けないほどのハプニングと出会いの連続だったのだが、書き始めたら切りが無いので全て割愛、チューリッヒ~パリを経て夜行列車から降り立った異国初の街がポーランドのワルシャワだった事だけをお伝えしよう。何しろ初体験だらけの旅の始まり、ワルシャワの街には特別な印象が消えることが無い。「ワルシャワの秋音楽祭」の数々の記憶、同世代の音楽学生達と友達になったこと、等々その後歩んだ道は若干異なることになったが20代前半の日本人ふたりにとって共通の出発点になったことは疑いようもない。

 

そんな思いがつい数日前に鮮やかに蘇った。場所は千駄ヶ谷のとあるギャラリー、福岡を拠点にユニークで価値あふれる活動を続けているベーシスト、松永誠剛さんのプロデュースによるコンサートでのこと。宮古島の島唄、ポーランドの民謡、ウッドベース、イスラエルのキーボーディスト、という意欲的な編成による素晴らしい時間であった。アンコールに歌われた歌姫ふたりの「子守唄」はその極致とも言える音楽体験で、宮古のうたもとんでもない表現力だったが、ポーランドのうたには空中浮遊の旅に連れて行かれてしまった。

 

しかも、自分でも自分に驚いたことがある。その子守唄の一節に「リュリ、リュリ」と繰り返す優美な歌詞があり、何故か僕にはナターシャ・グジーさんと共に訪れたウクライナを思わす響きだったので歌い手のマニュハさんに質問したところ、やはりウクライナ語だったのだ。良く考えればウクライナとポーランドは国境を接しており、民族的にも文化的にも密接な関係にある。マニュハさん自身がキエフの大学で学んでいたそうで、「よく判りましたね!」と感心されてしまった。偶然当たった、以外の何物でもないのだが。

 

ポーランド語やウクライナ語がわからないのは無理もないのだが、宮古の言葉も同じくわからないのは少しギルティを感じてしまう。多様な文化が日本の中にもあることを全く伝える意思の無い教育、そのままで良いのだろうか。
(Photo And Text By Akira Inoue)

≪From Akira Inoue≫
OSTINATOD.S.D TrioParachuteArrange Island Show連歌 鳥の歌 2016

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様々なシーンで顔を合わせている時間は常に長い、、、僕にとっては信頼と驚嘆のミュージシャン達ですが、ブルーノートからのオファーで来年年明けにライブが実現することになりました。