「PAX」


PAXはラテン語で平和という意味。この言葉が言語史の系統図を下っていきカタルーニャ語になるとPAUとなる。
チェロの巨人、Pablo Casalsがカタル−ニャ語読みでPau Casalsと呼ばれることをご存知の方も居ることだろう。
彼はそこに居るだけで、Pauという名前を持っているが故に既に平和の使者だった訳だ。
究極の平和という状態を人類は未だに手にしたことがない。PAXは常に誰によって保たれたのか、どの国家によって築き上げられたのか、と言う注釈をぶら下げながら登場するものだった。終わった戦争と次にやって来る戦争の合間+戦場から遠く離れているために隔離され、その争いを忘れている状態、それがPAXの実情なのだと説く先達も居た。
 
レイ・ブラッドベリの名作「華氏451°」を思い出してみて欲しい。作品の想定している世界は実は戦争が勃発したばかりの状態だった。作品の序盤には、時々突然に空を切り裂いて飛ぶ戦闘爆撃機隊が登場する。そして、その表現はとてもリズミカルでリフレインされ、徐々に加速していくイメージに満ちている。英語なので、Three,four.fiveと数えていくだけなのだが、その効果は鋭い。恐ろしいのは、その飛来通過する戦隊を都市の人々は全く意識していないように描かれていること。つまり現在の僕たちの状態がブラッドベリによって暴かれている、いや、とうの昔に予言され記録されていることだ。
 
ここはカタルーニャの聖地、モンセラット修道院のなか。修道僧が使うエリアなので観光客が足を踏み入れることは許されない静謐な空間である。階段へと続く広間で天使が紐解こうとしているPAXは現在のものなのか?未来への切望か?それとも郷愁の果てにある創世記の微かな思い出なのか?
 
(Text and Photo By Akira Inoue)

 


≪From Akira Inoue≫
OSTINATOD.S.D TrioParachuteArrange Island Show連歌 鳥の歌 2016

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